前田利常

和倉の白鷺伝承と湯島整備、総湯の変遷、七尾の商いを場所ごとにたどる。
七尾湾の湯、町家と祭り、能登の魚と野菜が違う滞在を支える。
宿と護岸、源泉と供給、歴史建築と商いを別の工程でつなぎ、段階的に受け継ぐ。
HISTORY / VALUE / THE NEXT CHAPTER
残したい風景と、
湯のある暮らし。

和倉では七尾湾の穏やかな水面が、湯と宿の背景になります。総湯と小さな店、港町の七尾へ向かう道、能登の各地の湯宿には、それぞれ違う暮らしが続きます。海を眺める一泊に、魚を扱う人、町家を直す人、祭りを伝える人の仕事を重ねると、温泉地の価値が広がります。半島全体を一つの景色にまとめず、今訪ねられる場所へ時間を取りたい旅です。
2024年の能登半島地震以後、和倉と能登の宿、護岸、道路、文化施設は異なる工程で復旧してきました。営業を再開した施設も、休館や工事が続く場所もあり、温泉地全体が同じ状態とは言えません。復興を見物として消費するのでなく、公開される案内と利用できる宿や店を選び、現地の仕事を妨げずに過ごす。その姿勢から、次の営みへ土地を渡す具体的な問いも見えてきます。[3][4]
※本ページは地域の温泉文化・歴史遺産の解説であり、掲載写真や施設が売却案件であることを示すものではありません。
TSUNAGU独自の編集企画「名湯・秘湯遺産100撰」の第88撰です。公的な認定や順位を表すものではありません。
02 / HISTORY & MEMORY
海中の湯から総湯、町の商いへ
和倉の白鷺の話は、海から湧く湯を伝える物語です。江戸時代の湯島整備と宿の営み、何代も建て替えられた総湯には、違う記録があります。七尾の町家と商い、半島各地の湯宿も別にたどり、古い由緒を全ての建物や源泉の同じ歴史へ広げずに読みます。[3][4][7][8]
和倉には、傷を負った白鷺が海で休む姿から湯を見つけたという伝承があります。湧く湯と海を身近に感じる物語として楽しみ、発見の正確な年を科学的に証明する話とは分けます。公式の歴史は、1641年に前田利常が湯口整備と埋め立てを命じ、湯島が造られたことも伝えます。湯を見つけることから、使える場所をつくる仕事へ進んだ歩みです。
その後は宿方稼が許され、湯へ訪れる人を迎える施設が育ちました。総湯の沿革を見ると、浴場は一つの建物が千年以上そのまま続いたのではなく、時代ごとに更新されてきたことが分かります。湯を共同で使う役割と建築の形を別に引き継いだ歴史は、今の復旧と次の施設を考える上でも手掛かりになります。由緒の長さと現建物の年代を分けて読みます。
七尾の一本杉通りには、商いと暮らしの町家、祭りや語り部の時間があります。地震で傷んだ建物を調べ、直し、商いを次へ渡す取組も続きます。和倉の宿の歴史と同じではありませんが、泊まる人が地域の仕事に出会う入口になります。湯と湾だけを一泊の中心にせず、町の案内を聞き、買物や食へ少し時間を取ると、今の能登の営みが見えてきます。[3][4][7][8]
03 / THE WATER & ITS KEEPERS
和倉の湯の仕組みと、半島の違い
和倉の湯は海と結び付く塩類泉として知られ、源泉地を保全し宿と総湯へ届ける仕組みがあります。能登半島の別の温泉まで同じ泉質や同じ供給ではありません。震災後は源泉、配管、浴場、営業の復旧を別々に読み、旅の案内にも個々の施設の利用条件を結びます。[1][2][3][4][10]
和倉の公式案内は、海から湧く湯と強い塩分を温泉の特色として紹介しています。源泉地を守り、総湯と宿へ湯を届ける主体もあります。ただし、湯を採る場所と浴槽での使い方、飲むための提供と入浴は別です。古い分析の値を現在の全施設の浴槽へ広げず、利用する施設の現行表示を見ながら、湯の道筋を知ります。
震災後の温泉利用を考える時は、源泉があること、配管が復旧すること、浴場と建物が使えること、営業を再開できることを分けます。総湯が使えることだけで、全ての旅館が同じ状態になったとは判断できません。湯と水道、排水と建物、海側の護岸が、それぞれの工事と点検を通して結び直されています。供給の記録も、復興の大切な資料です。
輪島のねぶた温泉など、半島には別の由来と泉質を持つ湯があります。運営主体の告知にも、宿泊の休止と日帰り入浴の再開が別に記されます。同じ施設でも用途ごとに再開の状況が異なります。宿泊と日帰り、湯の供給と建物の復旧を分けて読むと、今の受入れが具体的に分かります。今使える場所を具体的に選ぶことが、温泉と地域の仕事に無理なく触れる旅へつながります。[1][2][3][4][10]
| 対象 | 泉質・湯の特徴 | 温度 | pH | 分析日・資料の時点 | 確認範囲 |
|---|---|---|---|---|---|
| 和倉温泉の供給と各浴場 | 塩類を多く含む塩化物泉として紹介 | 個別源泉の分析書で確認 | 個別源泉の分析書で確認 | 採用する分析書に記載 | 源泉と供給、各浴場の分析と使用方法を分ける。震災後の営業状況は施設別案内を読む。[2][3][4] |
| 能登半島の別の湯宿 | 泉質と供給は各源泉・施設による | 個別源泉の分析書で確認 | 個別源泉の分析書で確認 | 採用する分析書に記載 | ねぶた温泉等を和倉の同一源泉とせず、宿泊と日帰り、休止と再開を用途別に読む。[10] |
源泉の分析と、浴槽で使う湯を読み分ける。
分析書の源泉名・採水場所・年月日と、施設が掲示する加水・加温・循環・消毒の方法を合わせて確認します。地域に複数の源泉がある場合、ひとつの値をすべての湯宿や浴槽へ当てはめず、訪れる施設の最新の掲示を読んで入浴します。

04 / ARCHITECTURE & TOWNSCAPE
建て替えた総湯と、直しながら使う町家
和倉の総湯は代を重ねて建て替えられ、七尾の町家では材と暮らしの記憶を残す修理が続きます。海辺の宿には護岸と建物を合わせた工程があります。全てを同じ保存の方法へそろえず、指定と登録、一般の建物、土地と海の境界を分け、現在の役割を受け継ぎます。[4][5][7]

総湯の沿革にある七代目は2011年の建物で、古代の浴舎そのものではありません。地域で湯を使う場を、時代の設備へ替えながら続けてきた点に意味があります。温泉の価値を古い外観だけに求めず、住民と訪れる人が通う動線、休憩と受付、浴場を手入れする仕事に目を向けると、建築の更新と役割の継承を一緒に読むことができます。
一本杉通りの文化遺産を守る会は、鳥居醤油店や高澤ろうそく店などの登録建築を含む修理支援と記録を公表しています。全ての支援建物が同じ文化財区分ではなく、構造や用途も異なります。町家の面影をそのまま残すという抽象的な言葉より、どの材と仕事を受け継ぎ、何を直して使うかという一棟ごとの調査が、商いの再開へ結び付きます。
和倉の海沿いでは、旅館の建物と護岸が別の管理と工事の範囲を持ちます。国の公表資料は、護岸復旧と旅館の再建を歩調を合わせて進める経過を説明します。眺めの前にある足場と地盤、供給と排水、工事の経路を分けると、宿の再生が内装だけで終わらないことが分かります。過去の海岸写真はその時代の景観を伝えます。今歩ける場所は、復旧の工程と地域の最新の公開案内から選べます。[4][5][7]
05 / STAY THROUGH THE SEASONS
湾の光と食、町の公開された時間へ
七尾湾の季節の光、魚と野菜、祭りや町の語りが、湯の旅を豊かにします。復旧の工事と施設の公開は場所ごとに異なるため、昔の周遊をそのまま固定しません。営業する宿と店、公式に案内される文化施設へ時間を取り、景色を守り使う人の営みに落ち着いて出会います。[1][2][5][8][9][11]
春から夏は、湾の光と能登とり貝などの季節の食を別の時間で楽しみたいものです。海の見える席で休み、町では店や案内人の話を聞くと、同じ景色に漁と商いの時間が加わります。水揚げと店の用意で皿は替わるため、名産の写真を常設の献立とせず、その日提供される食を選びます。工事のある場所は公開ルートの案内に沿って訪ねます。
秋には町の催しや文化施設が、土地を知る時間をつくります。七尾美術館は等伯の出身地の館として、作品と地域の文化を伝えています。ただし、特別展は会期のある催しで、紹介した作品が常時見られるわけではありません。宿の湯と町の展示、店の買物を組む時も、現在の公開と営業の範囲を見て、一度に多く回らない行程を持ちます。
冬は能登の魚や温かい料理と、館内で湾を眺める時間が似合います。半島の道路と工事、宿の営業条件は利用日によって替わります。泊まれる施設と日帰りだけの場所を区別し、店や文化施設の案内へつなぐと、復旧の仕事を妨げずに過ごせます。美しい過去の写真と現在の海辺を別に読み、今の土地が用意する時間を味わう旅にします。[1][2][5][8][9][11]
湾と旬の食へ
町と文化の公開された時間
湯と館内で休む

A WALK BETWEEN BATHS
湯の前後に、もうひと歩き。
和倉の今を案内から知る
- 総湯周辺の公開道
- 公式に案内する見学地点
地域が公開する道から歩く。復興ツアーは主催者の案内と申込みで訪ね、旅館や護岸の工事区域への立入りは規制に従う。[1][4][5]
七尾の商いを訪ねる
- 一本杉通りの公開道
- 営業中の店と語り部の案内
修理と商いが進む道を、地域の現行案内で訪ねる。入れる店と公開中の建物を選び、工事中の家の暮らしと作業を尊重する。[7][8]
能登の湯を別の行程で
- 利用できる湯宿
- 地域の公開された案内施設
和倉から半島全体を同じ一日へ詰め込まない。宿泊と日帰りの再開、道路の状態を個別に読み、施設名だけで泊まれると判断しない。[2][6][10]
TASTE OF THE REGION
能登とり貝
地域の海と育てる仕事に結び付く季節の味。提供する店と時期を見て、湾の眺めに食の背景を重ねたい。[9]
TASTE OF THE REGION
能登ふぐ
能登で水揚げされる複数のふぐを呼ぶ地域の食。専門の調理と店の提供で味わい、家庭で自由に処理する案内にはしない。[9]
TASTE OF THE REGION
能登野菜と里の味
魚だけでなく地域の野菜も、宿と町の食を支える。産地と季節、店の献立を分け、半島全体を一つの仕入れ先として扱わない。[9]
開花や展示、見学の予定に合わせて、散策先を組み合わせてみてください。共同浴場や山道などの利用案内は、訪問前に公式サイトでご確認いただけます。写真は、それぞれの撮影時点の記録です。
06 / PRESERVING THE HERITAGE
湯と建物、海岸と商いを別の工程で結ぶ
和倉と能登の継承では、源泉と水、浴場と建物、海岸と道路、町家と商いを分けて調べます。過去の姿をそのまま戻すことだけを目的にせず、残す価値と今使える範囲をそろえます。復旧の計画と実施済みの状態、再開予定と営業を区別し、日々の担当へつなぐことが出発点です。[1][2][3][4][5][6][7][8][10]
海沿いの宿では護岸と建物、供給と排水を別の図にし、工事の順序と管理の境界を重ねます。町家では被害と修理、材と商いの記録を残します。宿の客室だけを先に整えるのでなく、従業員が通う道、食を仕入れる流れ、清掃と点検も同じ工程に置きます。地域の復興構想と個別の計画を行き来しながら、受け継ぐ範囲を具体化します。
引継ぎの資料は、建物、営業、敷地、温泉、日々の管理に分けてそろえます。図面と現地が違う部分を先に洗い出し、所有者と管理者、工事を担う人を同じ表に置きます。保存の価値があることと、自由に改修できることは別の話です。残す部材と更新する設備を具体的に示せば、関係窓口との相談も、現場への引継ぎも進めやすくなります。[1][2][3][4][5][6][7][8][10]
湾と暮らし、復旧中の景観
過去の眺めと現在の工事、公開の道を分ける。復興を一律の完了とせず、住む人と作業の動線を計画へ置く。[1][5][6]
- 撮影年と現況
- 公開と工事の境界
- 生活と訪問の道
町家と宿の建物を別に調べる
登録建築と一般の宿、被害と修理の記録を分ける。一本杉の例を全ての建物の改修条件へ広げない。[5][7]
- 建物ごとの台帳
- 被害と構造の調査
- 残す材と設備
敷地と護岸、地区の計画
宿の所有範囲、海岸と道路、地区の復興構想を重ねる。護岸と建物の工程と相談先を同じ図へ整理する。[5][6]
- 敷地と海岸の境界
- 地区別構想
- 工事の順序と担当
源泉・水・排水の復旧を分ける
温泉が湧くことと浴場を使えることを別に調べる。供給、作湯、上水、排水の管理境界と復旧履歴を引き継ぐ。[2][3][4]
- 源泉と供給の資料
- 水と排水の図
- 現行分析と点検
営業の範囲と人の仕事
通常宿泊、限定営業、日帰り、休館を施設ごとに分ける。再開予定を確定営業とせず、用途と担当を確認する。[1][2][10]
- 営業と許可の資料
- 再開の実施記録
- 食と清掃の担当
日々の保全と記録を残す
湯と建物の点検、工事との連絡、地域の案内を仕事として残す。修理後も清掃と手入れが続く体制をつくる。[4][5][7]
- 点検と修理履歴
- 公開案内の更新
- 年間の担当と費用
07 / MORE VALUE, WITH MEMORY
使える場所の一日から、次の営みを考える
和倉の湾と湯、七尾の店と文化、半島の食を、今使える場所から結ぶ宿の役割を考えられます。工事と暮らしの動線を尊重し、少人数の滞在で移動と仕事量を確かめます。復旧を一度で完了させる計画にせず、建物と供給、食と案内を段階的に整える再生の提案です。[1][2][3][4][5][6][7][8][10]
泊まる人へ、湾を眺める時間と、店で買物をし話を聞く時間を別に用意する案があります。外の行程が替わっても、館内で食や祭りの背景を知る席を残せます。営業する範囲と地域へ任せる役割を分け、配膳、清掃、案内を試します。復興という言葉だけを商品にせず、今の地域が受け持てる一日へ丁寧に合わせる方法です。
再生は、客室の見た目を変えるだけで完了する仕事ではありません。小さな範囲で給湯、清掃、食事、案内の動きを試し、担当者が無理なく回せる形を探ります。以下の三案は、この土地の特徴から考えた計画の提案です。特定の宿の取引や実施済みの成果ではなく、地域の魅力を次の運営へ渡すための出発点として読んでください。[1][2][3][4][5][6][7][8][10]
MODEL 01
今使える範囲から始める滞在
営業する宿と総湯、店と文化施設を小さく結ぶ提案。過去の周遊を戻すことを先に決めず、現在の工程と担当から一日を組む。[1][2][5][8]
MODEL 02
湾と商いの二つの時間
海を眺める日と、七尾の店や文化を訪ねる日を分ける提案。地域の語りを聞き、買物と食をゆっくり使う行程を試す。[7][8][9][11]
MODEL 03
建物と護岸を段階的に更新する
敷地と構造、湯と排水、護岸の工程を整理し、使う範囲を順に開く提案。復旧の成果や支援制度の採択を約束するものではない。[5][6][7]
改修費と、続けるための資金。
復旧と再生では、建物と設備、源泉と配管、護岸と道路、調査と修理の費用を分けます。公共の工事と個別の負担、支援の対象と自己負担をそろえ、休止期間と再開後の担当の費用も置きます。復興の計画や制度の存在を採択や融資の保証にせず、実施の順序と維持へ残す資金から組み立てます。
資金制度は、保存、設備、防災、運営など目的ごとに対象と手続を調べます。採択や融資を先に約束せず、所有者と実施者、工事の範囲、着工前の条件をそろえて相談します。更新費だけでなく、営業を休む間の費用と、開業後の点検・修繕に残す資金を合わせて考えます。[1][2][3][4][5][6][7][8][10]
設備資金・運転資金、事業の対象、組合等の条件により融資制度は異なります。実際の費用と営業計画をそろえ、融資・補助金の募集条件と支払時期を確かめて資金繰りを組み立てます。[NAT05][NAT06]
08 / MARKET & RELATED GUIDES
半島全体と、再開した各施設を分ける
石川県全体、能登半島、七尾市と和倉、各湯宿の宿泊は対象も営業の範囲も異なります。通常客と復旧に関わる滞在、日帰り、限定営業を分けます。広域の数値は背景に置き、現在使う客室、食事と清掃、供給と修繕、工事との調整に必要な時間から季節の営業を考えます。[1][2][3][4][5][6][7][8][10]
再開した施設でも、食事の会場、浴場、客室、海側の経路が全て震災前と同じとは限りません。自館では営業範囲と利用目的、泊数、食事、清掃、工事や交通での変更を分けて記録します。県全体の回復の動きを個々の宿の収益へ重ねず、地域の生活と働く人の移動、設備を維持する費用から、続けられるサービスを選びます。
事業の検討では、売る客室の数だけでなく、掃除や湯の管理、食事の準備に必要な時間を記録します。工事中に使えない場所と休止期間を先に置き、支出と入金の時期を並べます。温泉地としての評価や歴史は、個別施設の収益や資金調達を約束するものではありません。現場が受け持てる仕事の量から、季節ごとの営業計画を組み立てます。[1][2][3][4][5][6][7][8][10]
| 対象 | 延べ宿泊者数 | 外国人延べ宿泊者数 | 外国人構成比 | リゾートホテル客室稼働率 |
|---|---|---|---|---|
| 石川県全域 | 9,516,310人泊 | 2,142,820人泊 | 22.5% | 17.1% |
外国人構成比は外国人延べ宿泊者数÷全体から算出。いずれも都道府県全域の統計で、この温泉地単独の集計や個別施設の売上・稼働率を示すものではありません。[MK01]
石川県全域の、
月別の宿泊者数。
県全域の季節変動を、その宿の客層や営業日、月別の販売実績と重ねます。地域全体の動きと個別の宿の運営を行き来しながら、滞在と事業の計画を考えます。
石川県の宿泊市場特集へ →石川県の月別数値を表で確認する
| 月 | 人泊 |
|---|---|
| 1月 | 594,970人泊 |
| 2月 | 607,670人泊 |
| 3月 | 791,140人泊 |
| 4月 | 802,540人泊 |
| 5月 | 855,380人泊 |
| 6月 | 660,750人泊 |
| 7月 | 758,640人泊 |
| 8月 | 961,380人泊 |
| 9月 | 734,640人泊 |
| 10月 | 928,970人泊 |
| 11月 | 986,260人泊 |
| 12月 | 833,980人泊 |
編集:ジャパンリアルター株式会社 / 堤 誠之プロフィール / TSUNAGUの想い / 代表者note ↗
出典・写真・編集について
本文・統計の出典
- [1] 和倉温泉観光協会・旅館協同組合|公式案内
復興の取組、総湯と祭り会館等の現行案内。
- [10] 輪島ねぶた温泉能登の庄|公式
震災後の休止案内と日帰り入浴再開の告知を区別。
- [11] 石川県七尾美術館|2026長谷川等伯展
七尾出身の等伯を伝える美術館と、復興後の文化発信。公式公開本文を確認、直接取得は時間切れ。
- [2] 同|旅館の状況
施設ごとの営業案内。地域全体の通常営業へ一般化しない。
- [3] 同|和倉温泉について
白鷺伝承、1641年湯島整備と1654年宿方稼、泉質の紹介。
- [4] 和倉温泉総湯|あゆみ
総湯の建替えと2011年の七代目、供給主体の沿革。
- [5] 国土交通省北陸地方整備局|護岸復旧と生業の再開
2025年公表の護岸復旧方針、旅館再建と工程の連携。公式公開本文を確認、直接取得は容量制限。
- [6] 七尾市|地区別復興構想
地区別に生活とまちづくりの課題を整理する構想。
- [7] 一本杉通り文化遺産を守る会|活動内容
2026年10月更新。登録町家等の修理支援と記録づくり。
- [8] 一本杉通り商店街|公式
地域の商い、語り部、祭りと現行の催し。
- [9] 和倉温泉観光協会等|食べる
能登ふぐ、能登とり貝、野菜等の季節の食。
- [MK01] 観光庁|宿泊旅行統計調査・2025年確定値
都道府県全域の2025年年計・月別データです。各温泉地や個別宿の実績ではありません。
- [NAT02] 国土交通省|既存建築物の活用の促進
既存建築物の現況調査、改修と活用のためのガイドライン・制度資料を掲載しています。
- [NAT03] e-Gov法令検索|文化財保護法
文化財の指定・登録、保存、現状変更と所有者変更などに関する法律の本文です。
- [NAT04] 環境省|国立公園における届出・申請
区域と行為に応じて必要となる自然公園法上の許可・届出を案内しています。
- [NAT05] 日本政策金融公庫|一般貸付(生活衛生貸付)
生活衛生関係営業の設備資金等について、対象と条件を案内しています。
- [NAT06] 日本政策金融公庫|振興事業貸付
認定振興計画を持つ組合の組合員を対象とする融資と必要な証明を案内しています。
確認日:2026年10月29日。伝承、史料、分析値、建築・保存の記録と、編集上の再生提案を分けて記述しています。
写真の撮影地・利用条件
- 和倉温泉・震災前に撮影された渡月庵の入口
Togetsuan Entrance.JPG
User: (WT-shared) Jpatokal at wts wikivoyage / CC BY-SA 4.0
撮影日:4 April 2007, 07:47
WebP変換・サイズ調整・表示枠による切り取り。元写真の利用条件を確認する ↗ - 和倉温泉・震災前に撮影された渡月庵の和室
Togetsuan Room.JPG
User: (WT-shared) Jpatokal at wts wikivoyage / CC BY-SA 4.0
撮影日:4 April 2007, 07:53
WebP変換・サイズ調整・表示枠による切り取り。元写真の利用条件を確認する ↗ - 和倉温泉・撮影当時の共同浴場と町並み
和倉温泉 周辺(The Wakura Onsen outskirts) - panoramio (19).jpg
comachiangel / CC BY 3.0
撮影日:Taken on 6 May 2011
WebP変換・サイズ調整・表示枠による切り取り。元写真の利用条件を確認する ↗ - 和倉温泉・撮影当時に大観荘で提供された夕食の一例
Dinner -Wakura Onsen.jpg
光幸 / CC BY-SA 3.0
撮影日:2010-04-09 18:41
WebP変換・サイズ調整・表示枠による切り取り。元写真の利用条件を確認する ↗ - 和倉温泉・撮影当時の温泉街の通り
和倉温泉 周辺(The Wakura Onsen outskirts) - panoramio (17).jpg
comachiangel / CC BY 3.0
撮影日:Taken on 17 August 2012
WebP変換・サイズ調整・表示枠による切り取り。元写真の利用条件を確認する ↗
写真は各配布元の利用条件に従って掲載しています。撮影時点の景観・設備であり、現在の営業状況や、紹介施設が売却対象であることを示すものではありません。